星上寺(せいじょうじ)

星上寺(せいじょうじ)

教区 第十教区
住職名 勝部英宏
本尊 十一面観世音菩薩
住所 〒690−2102 松江市八雲町東岩坂2192
年中行事 1月中旬  大餅神事、大般若会
沿革と縁起  当山は、古く『雲陽誌』や『出雲札観音記』などに紹介されています。
 そして『出雲札観音記』には「安徳天皇が御病気のとき、この十一面観音菩薩に祈願され全快されたので、天皇の御命令によって、安徳山星上寺となり、講堂・経堂・僧坊・大門・仁王門が建てられ、云々」と続く。
 本尊は、有名な高僧「行基」が作ったという説もあります。本尊が雲陽誌のいう行基の作となれば、現存する十一面観音がそれだとするとこれは国宝級のものかもしれません。
 ともかく星上寺は、平安末期から鎌倉時代にかけては隆盛を極めていましたが、戦国の世になり武士の争いに巻き込まれ、幾度となく兵火にかかったものとみられます。やがて、星上寺は檀家もなくなり、明治9年に廃寺となりました。
 しかし、ほどなく再興運動が起こりました。当時、新寺の建立が認められていなかったので、群馬県の上川村の喜運寺を現在地に移すという名目をたてて、大正元年に本堂が再建されました。以来、釋迦牟尼仏を本尊として、曹洞宗星上山喜運寺と称して生まれ変わりました。
 ところが昭和26年、火災が発生しすべての伽藍を焼失しました。
 昭和32年、再び別所地区の熱心な信者によって再建され、この機に寺号を、昔の星上寺にかえし、本尊様も乗光寺から十一面観音をお迎えし、曹洞宗安徳山星上寺として再建されました。
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