信仰を唱(うた)う

 

音楽の楽しみ方って人それぞれ、千差万別ですよね。

歌詞が好き共感できる、メロディーが良い、声が良い、歌ってるアーティストがかっこいいかわいいおしゃれ・・・

同じ音楽でも評価はそれぞれ。あるメタルアイドルグループは国内外に於いて「最高だぜぇ~~~」と評価されたり「あんなのは偽物」と揶揄されたり

 

子供の頃、師匠からテレビ禁止という教育的指導を受けた私はラジオっ子(と言ってもAMではなく、もっぱらFMばっかり)でした。学校から帰れば寝るまでずっとラジオがついていて、それなりにバンドブームに乗り、パンクの流れに傾き、ときどき海外メタルの波に乗り、結局日本のポップロックに落ち着くという道をたどりました。ラジオで聞いて良いなと思った曲のCDをお小遣いの範囲で買いに行ったものでしたが、今は買いもしないし、ほとんど聞かなくなりました。つい口から出る歌は子供と見るEテレ系か、懇親会用に覚えた演歌や昭和歌謡、そして御詠歌です。

 

御詠歌の勉強を始めたのは本山修行から帰ってからでした。

     師匠:「宗門の布教には大きく二つ、法話と御詠歌がある。どちらかしなさい!」

     拙僧:「う~~~ん・・・じゃあ御詠歌ぁ  ?」

     師匠:「そうか、決めたからにはしっかりやりなさい!」

     拙僧:「(えっっ!!どっちか選べって言うから選んだだけなのに・・)」

そんなぬる~い感じで御詠歌を始めました。

そこからいろいろな講習会に行かせてもらいましたし、元梅花特派だった師匠がその当時毎晩練習していたのを子供ながらに聞いていて耳に残っていたということもあり、私の中に御詠歌がスッと入ってくれました。

そこから大変多くのご縁に恵まれ、支えられて梅花主事の任を勤めさせてもらっています。

 

御詠歌の起源は、一般的に西暦990年頃、花山法皇が西国観音巡礼を発願し、三十三観音の和歌を詠みお寺に奉納されたと伝えられ、後に参拝者がその和歌に節を付けて唱えだし、「巡礼歌」として口伝えに広く歌われていたものが御詠歌の起源と考えられています。(諸説あり、不確定の要素も多いようです。)

しかしその巡礼歌には統一された節、メロディーはなく各々バラバラに唱えていました。その多様な節の巡礼歌を山崎千久松師が収集・編纂し、巡礼の為だけの巡礼歌ではなく、仏教信仰の為の宗教音楽となる御詠歌に作り上げました。それが大和流という流派として大正10年に発足しました。そこから各宗派に御詠歌が広まり、各流派に分かれていったのです。

曹洞宗の御詠歌流派梅花流は真言宗智山派密厳流の流れを汲んで昭和27年に創立し、今年で65年を迎えました。

そして先日11月9日、安来市総合文化ホール「アルテピア」にて島根県第二宗務所主催「梅花流創立65周年記念地方奉詠大会」を開催しました。

宗務所管内各地から約700名の梅花講員さんが集まり盛大に開催され、日ごろのお稽古の成果をステージ上で精一杯お唱えされました。

そして「御詠歌の源流を親しむ」というテーマを密かに掲げ、先に説明した大和流と金剛流の二流派をお招きし御詠歌を特別奉詠していただきました。

金剛流は高野山真言宗の流派で、旋律の優雅さもさることながら、お唱えにあわせて宗教舞踊をするのが特徴です。今回僧侶含め17名の方に奉詠をしていただきました。とても素晴らしいお唱えに会場の空気が一気に変わっていくのを感じました。和音を織り交ぜたお唱えに鳥肌が立ち、心をギュッとつかまれ自然と涙がこぼれました。救われるってこんな感覚なのだろうなというお唱えでした。

大和流のお唱えは、隠岐の島の曹洞宗寺院檀信徒にしていただきました。

隠岐の島町今津の方々は明治初頭より四国八十八ヶ所巡礼にたびたび出かけていました。その折四国の地でお唱えされていた御詠歌に感動し、その後、縁あって来島された御詠歌の先生にご先祖様や故人様への供養のお唱えを習い、お通夜や三しょ夜(三七日のお逮夜の事)等で地域の人たちが御詠歌をお唱えするようになりました。それを世代を重ね、口伝えに現在まで引き継ぎ唱えているのが大和流の御詠歌だったのです。なので曹洞宗ですが梅花流ではないのです。

しかし今の隠岐の方々は大和流の先生に習っているわけではなく、祖母や姑さんのお唱えを見て聞いて習ったものだから、本当の大和流のお唱えかどうかはわからないと仰っていました。でもそのお唱えの自由な旋律は巡礼歌を連想させ、代々引き継いだお唱えは大和流というより隠岐の島流なのかもしれません。私はそこに唱え伝えていく御詠歌の本当の形があるような気がしました。

 

人を感動させるメロディーや歌声は、演者がその音楽とどれだけ真摯に向き合ってきたか、そして聞き手のそれを感受する心をどれだけ築けるかによるのではないかと思います。

 

  「歌声に 仏まします 梅花流」(元永平寺貫主 高階瓏仙禅師)

 

御詠歌にすれば、どれだけの信仰心が中心にあり、それがお唱えとなって口から出たとき、その響きが仏の響きとなって人々の心にとどくのかということではないでしょうか。

 

この度、隠岐大和流・金剛流・梅花流の登壇奉詠すべてが詠唱成仏となり、そして山川草木悉皆成仏・詠唱浄土となって広がっていきました。

 

(梅花主事 大野道源)

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