金木犀の二度咲きに思うこと

 

 秋彼岸会にお参りの方々へ満開の香りを注いだキンモクセイの老木が、散らし雨で参道を染めて10日余り、夜明けの本堂の扉を開けると、再び豊かな香りがたなびいていました。

キンモクセイの二度咲きと出合うのは初めて、季節の移ろいによる年毎の出合いとは別の、驚きの出合いでした。さまざまな出合いのあることを老木からも教わりました。

          秋彼岸中日の朝       9月28日夕     10月8日の朝

 

 注 二度咲きしたキンモクセイは自坊本堂正面に生える老木です。10年前に取り組んだ本堂

  改築に際し、伽藍の配置計画で伐採を提案されましたが、その秋、老木は例年になく美事な

  花を咲かせ、芳りが溢れました。建設委員の皆が和んで、伐採が廃案となったのは申すまで

  もありません。キンモクセイ二度咲きの科学的要因は解明されていないらしく、心の世界に

  ふさわしい現象と思われます。

 

 出合いと申せば、人権擁護推進の宗事務を仰せつかってからも、さまざまな出合い・再会に恵まれながら執務させて頂いています。再会できたお一人に、企業勤務の前職でお世話になった谷元昭信さん(大阪市立大学非常勤講師)がいらっしゃいます。長年、部落解放運動の第一線で活躍してこられた谷元さんは、この度、自らの歩みをふまえて開放運動を歴史的に総括し、今後の方向性を理論的に提起する著書『冬枯れの光景―部落解放運動への黙示的考察―』上下巻の刊行を成し遂げられました。

 その刊行は、ご本人の解放運動への重厚な思いと、各方面からの強い要請を踏まえて進められ、昨年「部落差別の解消の推進に関する法律(部落差別解消法)」が施行されて、同和対策審議会答申(1965年)に基づく事業特別措置法(1969年施行)が終了(2002年)して以降の決して順風とはいえぬ推移のもと、インターネット上での部落差別など露骨な、または陰湿な、更には多様な、しかも新たな、従って深刻な、差別事象に対して、法的基盤の積極的活用を図りながら、運動の将来に向けての在り方を問い直すべき、当にこの時機を象徴しているのではないでしょうか。

 そのことを同書のタイトル『冬枯れの光景』からも想像して上巻を紐解きますと、直ちに巻頭言(はじめに)で谷元さんの、次のような思いと向き合うことになります・・・

  「冬枯れ」ということばは・・・寂寥感ただよう風景を連想させる・・・だが・・・

  限りない魅力を秘めた美しさがある・・・90年余にわたる長い闘いの歴史のなかで、

  多くの人たちの血と汗と涙によって耕されてきた部落解放運動の土壌は、再生への力

  強い種子を豊富に内蔵しており、芽吹きの時季を辛抱強く待っている肥沃な土壌・・・

  それが「冬枯れの光景」である。

 

 この谷元さんの思いが、私の心では、遷化(昨年5月)なさる半年前の和田善明老師が「永遠のいのち」と題して山陰中央新報に載せられた説話と重なりました。そこで老師は絵本『葉っぱのフレディ―いのちの旅』も引用され、過去から未來へ循環し変化しながらつながっている永遠のいのちを説かれて、次のように結んでいらっしゃったからです・・・

  私も人生の秋にさしかかっています。いずれ冬がやってきます。そして、また、春が

  めぐってくるでしょう。

 お二人の感慨を組織論に塗せば、組織の若返りが映し出されましょうが、あくまで個人の思いに留めますと、お二人より歳を重ねた私こそ、人生の秋、否、冬場に踏み込んでいますのに、谷元さんのような充実感にも、和田老師のような諦念にも遙か及ばぬのは致し方ないこと、そのように割り切ろうとして割り切れない余りは、これからもあらゆる出合い・再会を大切にするなかに溶け込むのを望むばかりです。決して僥倖にだけ寄りすがる訳ではありませんが、二度咲きのキンモクセイと出合って考える、秋の夜半でした。

 

 幾夜かかけて同書と、特に、谷元さんの「再生への力強い種子を豊富に内蔵する土壌」すなわち今後の解放運動の論拠と、その前提・背景が考察されている『第三部・同対審答申と「特別措置法」時代への考察」』並びに『第四部・部落解放理論の想像的発展への考察』(いずれも下巻)と向き合いました。

 先ずは第三部で「部落差別解消法」についての考察を辿ります。新法への前向きの評価と、問題・課題、並びに、それらを踏まえ乗り越えて新法を積極的に活用するあり方が提起され、問題意識の高揚と、運動への取組みとを促されます。そして、その喫緊の課題として展望される「横断的な議論の場づくり」に関して、地方・地域(自治体等)での組織的な運営とその基盤づくりの重要性が指摘されており、それは、私の思考の中では、寺院運営における檀信徒と向き合う現場の重要性と対応して受け止めました。

 第四部に至り、冒頭で提示されている、ここ10数年来の解放運動全国大会メインスローガン「人権・平和・環境」と、現下の政情等における懸念要素を踏まえて付加された真の「民主主義」との基本方向に、これも私の中では、宗門の布教教化に関する「人権(尊重)、平和(実現)、環境(保全)「四摂法(実践)との取組みの柱(管長告諭)が重なり合って誘い込まれます。

 

 それにしましても、上下巻を通じての広範な論述は、活動家としての長年の実績に裏付けられており、運動展開の組織論や、部落問題存続根拠の解説など、示唆に富む提起がなされていますが、此処でのそれらの紹介は私の力量に及ぶものではなく、皆さまも同書を講読なさるようお薦めすることに留めさせて頂きます。

 なお、下巻末に所収された「補遺二稿=⑴戸籍の歴史と家制度の仕組みに関する考察、⑵部落意識と歴史的な差別思想に関する考察」からも、差別戒名に関する視座など、仏教者として私たちが留意したい考察が展開されています。その2稿において、谷元さんは歴史学の専門家ではないとお断りになったうえで述べていらっしゃいますが、もとより浅学菲才な私にはむしろ注目をそそられ、部落差別意識の複合性への認識をより深く致すこととなって、谷元さんへの敬意が一層膨らみました。

 

谷元昭信著『冬枯れの光景-部落解放運動への黙示的考察』上下巻

〔発行;解放出版社、各巻2,000円+税〕

(人権擁護推進主事 山口完爾)

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