中国はそもそも漢字文化の国でありながら最近昔ながらの難しい漢字を略したような簡体(かんたい)字が使われるようになり、中国普通語(北京語)はほとんど簡体字で表記されています。山東(さんとう)省の青島(ちんたお)に近い済寧(さいねい)市内をぶらぶらと歩いていると、花圏・寿衣・紙銭などの漢字として何とか意味が理解出来そうな看板を見かけました。
・殡丧大全 葬儀関係全般の品
・花圈 葬儀用の花輪
・寿衣 死装束
・白布 葬儀に頭に巻く白布
・白鞋 葬儀に履く白い靴
・出租 葬儀用祭壇のレンタル
・扎纸 紙銭
・火化车 霊柩車
一応こんな具合になると思います。そのお店に入ってみると日本でいうと葬儀屋さんでした。店内には中国の葬送儀礼に使う物であろうか花輪とか死装束の寿衣(ジューイ)などが並べられていた。葬送儀礼や埋葬儀礼などは宗教や地域により様々であり、その葬送儀礼が如何なる地域の宗教や習慣により成立しているのかを探ると歴史的な地域性と宗教性を深く探る必要があり、その習慣を探るべくも無く、今の中国葬送儀礼の一部を記録(写真)としてご紹介させて頂きます。
(写真)上左 山東(さんとう)省の済寧(さいねい)市で見た葬儀屋さんの看板
(写真)上右 遼寧(りょうねい)省鉄嶺(てつれい)市内、内蒙古(モンゴル)自治区が近いため、看板にモンゴル語が併記されている。
(写真)下左 内蒙古(モンゴル)自治区扎賚諾爾(ジャナイヌール)市内、ロシアとの国境まで約30mと最北の町。戦後の抑留地でもあり日系人も多く在住しています。
(写真)下右 浙江(せっこう)省杭州(こうしゅう)市、浙江省の省都でもある大都会
共通して“花圏(花輪)”とか“寿衣(死装束)”などの文字が使われており、その文字に向かって行けばだいたい葬儀屋さんを捜し当てられそうです。
(写真)上 花圏(日本でいえば花輪)、真ん中には“喪”という言葉を使う場合が多いようです。
(写真)中左 寿衣(ジューイ)、日本の死装束と言えば”白”ですが、中国では冥界でも裕福に暮らせるようにと少々派手目(金持ちの風に)です。
(写真)中右 葬儀屋さんによっては紙銭以外にも冥界で必要な紙で作ったベンツ(冥界ベンツ)や家(冥界ハウス)のような物もありました。
(写真)下 紙銭(しせん)、棺の中に入れる紙銭はまさに子供銀行券のようです。”天地銀行”とか”天地通用紙幣”とか書かれています。20元20枚が5束で2,000元で今なら日本円で約39,486円相当。野辺(のべ)送りの行列で四方に蒔きながら墓地に向かう紙銭はもっと薄い紙を使います。
さて、埋葬方法ですが、現在の中国では国家としては火葬を推奨しており、都会ではご多分に漏ず墓地不足が社会問題となっています。火葬された場合には日本と同じように霊苑形式となっています。しかし、地方に行けばほとんど土葬が主流のようで、日本の場合は地表より地下に深く穴を掘り埋葬される場合が多いようですが、中国でほとんど地表より深く掘る事は無く棺の上に土を盛り上げて土饅頭(まんじゅう)のようにして埋葬をします。日本の場合は遺骨が地中深くにあり遺骨に対する執着心は深い様ですが、中国のような土饅頭の場合は埋葬後に腐敗の進行が早く、例えば麦畑の真ん中の墓地も時を経過すると共にまた以前のような麦畑に戻ってしまう場合が多く、遺骨に対する執着心は日本程でも無いようです。埋葬単位は現在の日本では火葬で埋葬する場合は個人より家(一族)を中心とした家単位の埋葬が多いようですが、中国の土饅頭様式の場合は個人または夫婦単位の場合が多いようです。
中国の葬儀にはよっぽどの裕福な人や社会的に有名な人以外はほとんどの場合僧侶が葬送儀礼(葬儀)に立ち会う事はありません。ほとんど僧侶が授ける授戒儀礼がありませんので墓標には日本でいう戒名や法名を刻む事は無く俗名が刻まれます。僧侶の立ち会い無くして家族・友人や村人によって悔やみの礼を尽くしたり、地方によっては喪主が通夜の時に京劇(きょうげき)団を呼んで故人を偲んだり、野辺送りの際には家中の鳴り物(お椀や鍋ぶた)を叩きながら賑やか野辺送りをする地方もあります。
(写真)上左 遼寧(りょうねい)省元宝山(げんぽうざん)市 典型的な土饅頭型の墓所、墓標も夫婦単位の場合が多く、墓標は木板であったり無い場合もあります。
(写真)上右 遼寧(りょうねい)省元宝山(げんぽうざん)市 つい最近埋葬された様で葬送に使われた花輪が近くに散乱している。
(写真)中左 新疆ウングル自治区哈密(はみ)市 ゴビ砂漠のど真ん中ですが、哈密市は漢族の入植者が多く漢族風の土饅頭型ではありますが、このあたりは砂嵐がひどく土饅頭を保護するためにレンガで補強されています。
(写真)中右 上空(Google Earth)から見た哈密市の墓地群、吹き出物のように見えますが砂漠の真ん中に無数の墓地が存在する。
(写真)下左 内蒙古(モンゴル)自治区扎賚諾爾(ジャナイヌール) ロシアとの国教付近の原野で極寒冷地で冬には零下30度と強風(雪)によりやや小降りの土饅頭型、墓標の大小により成人か子供かの判断は出来ませんでした。
(写真)下右 湖北(こほく)省平頂山 現代的な火葬による墓苑、夫婦単位で生人は日本と同じように赤文字で刻印されていた。また、墓標を建立したのは故人の家長のようで子孫繁栄を誇示するかのように故人一族が墓標に刻印されていた。
中国人(漢族)には遺体を埋葬するという習慣がありますが、西蔵(チベット)には基本的に埋葬する習慣がありません。チベット仏教では我々が生きている根元はこの体ではなく、生きる意識が生きてる根元であり、死を迎えると意識(生命の根元)が体から抜け出し、約49日の中有(ちゅうう)を過ぎるあたりに来世(らいせ)に生まれ変わるという“輪廻転生(りんねてんしょう)”を信仰としています。従って、チベット仏教徒には墓地そのものの存在がありません。チベット仏教徒は信仰によって遺体を献(けん)ずる事によって功徳(くどく)が得られると信じて、その功徳によってよりよい来世を願っているので、信仰心から鳥葬(または天葬)を願っています。一般的には遺体を鳥(鳥を仲介役として)に献ずる事は残酷ではないかと考えますが、チベット仏教徒にとっては他者(たしゃ)のために功徳を積む事がよい来世への基本条件となると考えています。
(写真) 左 西蔵(チベット)自治区拉薩(らさ)付近 標高約4,000mの山の上の鳥葬場、付近は故人の遺品が散乱しており、故人の親族であろうかお参りの姿があった。
(写真) 右 四川(しせん)省色達(せるた)蔵族自治州 ラルンガル・ゴンパ鳥葬場(天葬場)鳥葬が行われる気配を感じたのかハゲタカが集まってきた。現在外国人には鳥葬現場は厳重に未解放地(立ち入り禁止)となっている。
今までチベット仏教については情報が極端に限られ多くを語られて来ませんでしたが、5年程前にNHK・BSプレミアムの「天空の宗教都市」として1度だけ放送された事がありましたが、それ以後何らかの理由によりNHKからの再放送は全くされていない。
しかし、原板(?)に中国語のテロップの入ったYouTube版がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=bt_s3glQ8CA
使用した写真を地図上に記載してみました。中国は広いですから同じ物でも地域によって全く別物の時もあります。
副所長 堀江晴俊