アフターコロナ(若槻書記)

今年もお盆が終わりました。毎年の事ですが当山は七月下旬から八月中旬までがお寺の繁忙期?となりますのでようやく落ち着ける日々が戻って参りました。
本年は感染症対策ということで、施食会の参拝者も制限し、盆中の棚経も全檀家でなく初盆のお宅のみとしました。コロナ自粛はいつまで続くのでしょうか。もうこの生活が当たり前になっていくと思うと寂しいものです。一刻も早い経済復興を願うばかりです。
戦前戦中戦後という言葉のほかに、東日本大震災の後で「災後」という言葉が一時期でていました。同じようにコロナウイルスが流行る前と後を区切る言葉が生まれるのでしょうか。

さて趣味の話をします。
4月以降、緊急事態宣言下で、島根県内で感染症患者が発生し、三密を避けるため一か月以上ボルダリングジムに行かなかった。26才からし始めたこの趣味を一か月休んだのは初めてだったように思う。かといって一か月まるまる何も運動をしなかった訳ではない。
島根県の感染が収まるまで人の集まる所に行かないぞと決心してから、さて自粛中は何をしようと考えたところ、二年前に自身の基礎代謝を上げる為ウェイトトレーニングを勉強したことを思い出した。
当時はボルダリングの為になるぞと思って週2、3回のペースで松江市上乃木にある島根県立プール施設内のトレーニング場に通ったのだが、どんどん大きくなる筋肉と増えていく体重に「これはいかん」と思ってやめていた。体重2キロ1グレードと云われるほどクライミングで体重を増やすのはよくないことなのだが、終わってみれば5キロも増量していた。
当時の反省点は高負荷にハマってしまったことだ。1週間ごとに上げられる重量が伸びる達成感はたまらなかった。デッドリフトをする度にテストステロンが分泌されている気分になって、もっと重くもっと重くと上げていってしまった。
よって今回は低負荷で12~15rep×3setのメニューを自宅ですることにした。幸いにも我が家のダンベルバーベルは100㎏までしかない。力こそパワーな脳筋思考はお預けだ。BIG3を中心に、50㎏を超えない範囲で自粛中トレーニングし続けた。しかし5月下旬の国内が落ち着いた頃に漸くボルダリングを再開した時は、こんなに体を重く感じるのだなと驚いた。やはり使う筋肉が違うのだと実感したものだった。そこから元のレベルまで戻すのに1か月を要した。継続は力なりとよく言ったものである。

日本の経済復興とは比べられないが、コロナウイルスに断ち切られた努力を元通りにする困難さを思い知ったひと夏であった。

書記 若槻哲成

追伸 この執務帖は6月頃に書き上げたものでしたが、投稿する段になってアフターコロナなる言葉を知りましたので第といたしました。

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